せせりの葱ポン酢/やきとり地蔵
はかったように夕方の5時。
今日は休みだから
早くから吞み始めようと、
食材とお酒の買いだしに出た。
その道すがら、
ちょうどお地蔵さんの祠の前で、
5時の時報の
「Auld Lang Syne」が流れ始めた。
近くを流れる川の土手沿いの桜並木は、
つぼみが膨らみはじめたくらい。
夕暮れ時は肌寒かったけど、
桜並木の合間に祀られたお地蔵さんは、
いつもより朗らかな表情を
しているようだった。
そういえばスコットランドの民謡も
今日は物悲しさを感じなかったな。
隙の塊のような人間だから、
今までのチャンスはことごとく逃してきた。
でも、そのことを自覚していれば、
奈落の底まで
落ちることはないんじゃないか。
僕はそうお地蔵さんに語りかけるでもなく、
なかば強引に同意をとりつけると、
なんとなく気持ちが落ち着いてきた。
居心地のいい場所がある。
きっとすぐ近くにある危機との
コントラストが、平凡な日常を
引き立ててくれているだけのことなのか。
もう何十年も同じ佇まいの
路地裏の焼き鳥屋のような、
たとえ柱が傾きかけていようとも、
そこはいつだってお気楽で
温かい空気が充満している。
だから、奈落の底の少し上の住人は、
今の毎日が
ずっと続けばいいと思っている。
日本の仏様の良い所は
都合のいい解釈にも寛容なところだ。
そういえば、このお地蔵さん、
近所の焼き鳥屋にいる
常連の親父に似ているな。
いつも、おもむろにせせりを食らうと、
甘酸っぱい飲み口の熱燗を口に含み、
悦びを押し殺すような
何とも言えないあの表情。
その顔を思い浮かべたら、
無性にせせりが食べたくなって
買って帰ってきた。
それが首肉ということ以上の
生々しさがある。
真ん中に一本入った
背骨のようなくぼみ。
そこに向かってあばらのように
何本も伸びる切れ込みは、
まるで修行僧の肉体じゃないか。
精進料理でもないのに
一寸、それを目の前にしたような
気持ちになる。
でも、ひとたびせせりをほおばって、
それを山廃仕込みの甘酸っぱい純米酒の
熱燗で流すと、そのループが
止まらなくなって、
ついつい飲みすぎてしまった。
奈落の底までは、
あとどれくらいかな。
今度、土手のお地蔵さんに
聞いてみようかな。
【H・H】
『 R E C I P E 』
僕の家の近所のスーパーは、夕方に行くとかなりの確率でせせりが売れ残っていて、半額のシールが貼られているんです。ちなみに大好物のラムチョップもそんな状態で、ついには店頭に並ばなくなってしまいました。せせりだけは同じ憂き目に合わせたくありません。こうして”一人せせり防衛軍”を結成した僕のおつまみメニューには、たびたびせせりが登場することになりました。
以前はフライパンで塩焼きをしてましたが、少々脂っこいので茹でるようになりました。ポン酢で食べれば、さっぱりとしていて飽きることはありません。お酒は酸味のある山廃の純米酒などが好相性です。今回は、杉錦の天保十三年山廃純米と合わせました。
ちなみに、料理というような料理ではありませんのであしからず。
用意するもの せせり 180グラム 野菜(葱1/3本 おろし生姜ひとかけ 大根おろし1/5本 新玉葱1/4個) ごま油小さじ1 ポン酢適量 塩適量
①葱と新玉葱を切り、しょうがと大根はおろしておく
葱は小口切りにします。新玉葱は繊維に対して直角に薄切りにして軽く水にさらしてザルにあげます。生姜と大根はおろして、大根は余分な水分を絞っておきます。
②せせりを茹でる
沸騰した湯にせせりを入れて4分ほど茹でる。茹であがったらザルにあげて、キッチンペーパーで余分な水分をとっておく
③好みの大きさに割いたささみを葱とおろししょうがと和える
お皿に水分を切った新玉葱を敷きます。ささみを好みの大きさに割き、ボールに入れたら①の葱とおろししょうが、ごま油、塩少々を入れてよく和えます。それを新玉葱を敷いたお皿の上に、さらにその上に大根おろしを盛り付けたら完成です。ポン酢はお好みの量で。