牛肉と筍の山椒炒め/山椒礼賛
日本のスパイスといえば、
一も二もなく山椒である。
紫蘇とか生姜とか、
もっとメジャーなスパイスが
あるという人がいるかもしれないが、
それらはスパイスと呼ぶには、
あまりに瑞々しい。
薬味という呼び名がしっくりくる。
そんな風に言いきってしまうと今度は、
「薬味とスパイスは同義語じゃないの?」
とたたみかけられそうだが、
これはもう僕の勝手な持論で、
乾いていて褐色系の
あの”インドっぽい佇まい”を
備えていてこそスパイスと
呼べるのではないかと思うのである。
だから、日本のスパイス王は
山椒できまり。だって粉山椒の質感って、
インドのスパイスに紛れていても
違和感がないもの。
ちなみに次点は七味唐辛子。
(異論は認めます)
とまあ、山椒を無闇に定義づけしてみたが、
それにしたって存在感が薄すぎませんか。
山椒の。日本のスパイス王の。
ここまでくれば、もうお分かりかと思うが、 5月、山椒の木は黄色い小さな花を咲かせる。 一度だけこの時期に、山椒の産地である
パイプ役となっている
鰻の高騰もあるんでしょうけど。
でもそれは、裏を返せば鰻の時にしか
山椒の出番がないことを言い得ているわけで…
僕はいま無性に山椒を持ち上げたいのである。
実際、僕自身も普段は
山椒のことなど忘れているわけだが、
ちょうど今時分の山椒にまつわる
美味しい記憶が、あの爽やかな香りを伴って、
僕の脳裏に語りかけるのである。
そろそろ山椒の出番じゃないですか、と。
その部分を摘み取ったものを花山椒という。
混同してしまいがちだが、
花山椒は麻婆豆腐などにつかう
刺激の強い花椒とは別物だ。
味や香りはというと、基本的には
実山椒のそれと同系列であるが、
風味は若々しくて
香りがやわらかくとても繊細だ。
だから、いろいろな料理にも合わせやすい。
和歌山にある小料理店で、
花山椒をいただいたことがある。
花山椒の時期が終わると、ほどなくして6月。
花山椒を巻いて食べるという贅沢な一品。
僕は、その花山椒でなければ成立しない
爽やかなしゃぶしゃぶの味が忘れられない。
それを食べるためだけに
和歌山に行く価値があるほどの美味。
それだけで和歌山を好きになれる
というほどの衝撃だった。
知る人ぞ知る初夏の贅沢品。
僕はそれ以来、この時期になると、
決まってネットで花山椒を検索する。
でも、金額をみて、買うことをためらうという
虚しい習慣を繰り返している。
それというのも、いつか地元静岡・大井川の
共水うなぎの白焼きに、花山椒を
散らして食べてみたいという夢があればこそ。
だって僕の住む静岡と、僕の大好きな和歌山の
コラボレーションを考えたときに、
これ以上の贅沢は浮かびませんもの。
最上級の贅沢が容易く得られるわけがない。
だから夢は、いつかかなうその日まで、
頭の中に大切に保管しておくつもりだ。
せめてもの慰めとして、
和歌山のあの牛しゃぶの味を思い出しては、
和風に味付けした切り落としの牛肉に
粉山椒を和えて、それを辛口の冷酒で流し込む。
それが、ふとした瞬間に思い出す山椒の
楽しみ方の定番に今はなっている。
今度は実山椒の季節がやってくる。【H・H】
『 R E C I P E 』
農産物の旬ってたとえ覚えていなくても、スーパーの陳列や価格でだいたいわかるものです。でも、山椒の場合(僕の住む地域では)、そうはいきません。というもの周辺のスーパーに山椒が陳列されることは一年を通してないのです(見逃しているかもですが……)。だから僕は、5月の花山椒の思い出とセットで「花山椒が終わればほどなく実山椒の季節」ということをインプットしています。
実山椒はいつもネットで取り寄せていますが、届いたらその日のうちに下処理をして塩漬けかしょうゆ油漬けに。それだけでお酒のアテとしてはもちろん、ご飯のお供としてもたいへん重宝します。なにより1年くらい保存がきくのがいいですね。ここ2年ほど作っていませんが、今年は家にいることも多いので、久々に実山椒を買ってみようと思います。
今回は、牛肉と筍の山椒炒めを粉山椒を使って(さんざん花山椒や実山椒の話をしておきながらスイマセン)作っています。粉山椒って、なんかの拍子で買っても、全然使わずに処分してしまうアイテムのトップバッターじゃないかと思うんです。でも気楽に使えて、肉との相性はいいですし、鰤や鯖の照り焼きなどにふりかけてもいいアクセントになります。そして、なにより日本酒との相性が◎。
今回は、お気に入りの高砂の山廃純米辛口の冷酒と合わせましたが、爽やかな柑橘系の山椒の風味と山廃のやわらかな酸味の融合がとても心地よくて、ついつい呑みすぎてしまいました。
なにはともあれ山椒の季節です。そのことをきっかけに、今夜あたりスパイスラックの死角に消えた粉山椒の存在を思い出して、何かしら料理に使ってみるのはいかがですか?
用意するもの 牛肉切り落とし180グラム 筍(水煮)150グラム スナップエンドウ8本程度 A(しょう油大さじ1 みりん大さじ2 日本酒大さじ2) 粉山椒小さじ1 片栗粉大さじ1 塩適量 サラダ油大さじ1
① 筍をひと口大に切り、スナップエンドウの筋をとる。
筍は先端の部分であれば写真のように縦に、根本の部分を使う場合は横に1センチくらいに切り分けた後にひと口大にしましょう。
② 片栗粉をふった牛肉を焼き、肉の色が変わってきたら①を投入。
牛肉は軽く塩をふって下味を付けた後、全体がコーティングされるように片栗粉をふります。サラダ油を入れたフライパンを中火にかけて、温まってきたら牛肉を投入します。牛肉の色が変わったら①を加え、スナップエンドウに火が通るまで炒めます。
③ Aを投入する。とろみが出てきたら火を止めて山椒を入れ軽く和える。
Aを投入してしばらく炒め合わせているととろみがでてくるので、そこで火を止めます。山椒を振りかけ、全体にいきわたるように和えたら完成です。山椒の分量は、今回は小さじ1にしましたが、味を見ながらお好みの量を入れてください。