すじ塩キャベツ/圧力鍋のある暮らし
ずっと迷っていたけど、
思い切って買ったんだった。
初任給で買うには高いとは思ったけど、
「憧れが覚めないうちに手に入れるべし」
と自分に言い聞かせたんだった。
ラゴスティーナの圧力鍋。
百貨店に陳列されている圧力鍋の中で
銀色の輝きが一番すごかったやつ。
いかにもイタリア製って感じの
お洒落なフォルムが琴線に触れた。
僕がはじめて買った高級な調理器具。
見た目だけじゃない。
重くて頑丈で、これなら少しぐらい
乱暴に使っても壊れなさそうだ。
購入した日、人生ではじめて圧力鍋を使って
作ったのはゴロっと大きな牛肉が入ったカレー。
決して家カレーではない、
ご馳走カレーという呼び名がふさわしい、
カレーポットが似合う大人びたカレー。
それが驚くほど上手にできたから、
よかったんだと思う。買ったばかりの圧力鍋が
「僕の大切なもの」のリストにすぐに加わった。
だから飼い犬みたいに名前をつけた。
今考えてみれば、それは、
まぎれもなく僕が料理にのめりこむ
きっかけを与えてくれたアイテムだった。
ビーフシチューにスペアリブ。
とろとろのチャーシュー。
まだ若かったから、
あの頃はマジーアと肉三昧の日々。
週末になると、東麻布の
日進ワールドデリカテッセンに行って
あらゆる塊肉を調達しては、
なんでも柔らかく煮込もうとするのが
日曜日のルーティン。
それにしても、僕がここまで圧力鍋に
はまったのはどうしてだろう。せっかちだから
短い時間で煮込み料理ができる
嬉しさもあるけど、それだけではない気がする。
なんとなく、よくアニメにいるフラスコを
持ったダメ博士がシンクロしてワクワクする。
薬品の調合に失敗して爆発を起こしても
さにあらずという感じで研究に没頭する博士。
僕も同じように、たとえ失敗して、
煮込んだ肉を焦げ付かせても
むしろ、その原因を探るのが面白かった。
少しずつ修正して自分の味を習得する。
そんな料理の醍醐味に気づけたのも、
マジーアのおかげだと言ってもいい。
じゃあ、得意料理は何かって?
牛すじを煮込むことじゃないか。
ちなみに、牛すじを煮込むことにおいての成功は
牛すじが柔らかいというだけでは不充分。
濃厚で美味しいスープを取ることが
必須ではないかと思うのだ。大切なことは、
煮込むときの牛すじの量と水の量の
最適な比率を把握すること。
僕とマジーアには、何度も失敗したからこそ
習得できた黄金比がある。
それさえ間違えなければ、もう失敗はない。
牛すじの美味しいスープがとれれば、
そこからの料理の幅はグンと広がる。
蒟蒻や大根を入れて
居酒屋風の煮込みにしてもいいし、
茄子とズッキーニにトマト缶を加えて
ラタトゥイユ風もいい。
もちろん、牛すじとスープを
別々の料理に使うことだってできる。
今日は、牛すじを煮込みながら、
キャベツが残っていることに気が付いた。
そうなればもう、すじ塩キャベツで決まり。
閉店した鉄板焼き店の大好きだった一品。
煮込みあがった牛すじがあれば、あとは簡単。
牛すじをキャベツと炒めて塩コショウで味を
整えれるだけ。あとは、牛すじの旨味で勝手に
美味しくなる。炒めているときにお玉一杯の
牛すじスープを加えると、なおのこといい。
余ったスープは、明日の昼に食べる
うどんの出汁にしよう。スープで大根を煮て
塩で味付け。最後に三つ葉を散らせば上等だ。
今日の役目を終えたコンロの上のマジーアに、
西日があたって輝いている。
でもよく見るとあんなにも美しかった
銀色のボディーはくすんでいるし、
樹脂の部分もなんだか白茶けている。
お互いに歳をとったことを痛覚する。
でも不思議と切なさはなくて、むしろ清々しい。
いったい、この気持ちはなんだろう。
重たい圧力鍋をわざわざ使うのって、
少しでも美味しい料理を作りたいという
前向きな気持ちのあらわれ。
だから、それを定期的に使うことは心と体が
充実してなければできないと思う。
だから、マジーアを使う日が増えることは、
全体的に健やかな日々が過ごせている証明で
それはすごくポジティブなこと。
そうか、だから清々しかったのか。
ちなみにマジーアとは、
イタリア語で魔法のこと。
【H・H】
『 R E C I P E 』
圧力鍋って不思議です。本来、時短ができる便利なものなのに、重くてがさばるから、いつもはキッチンの奥のほうにしまってある方が多いんです。だから、なんかわざわざ引っ張りだして使うのが面倒に思ってしまう。みなさんは、そんなことないですか?。便利なのに面倒って、いったいどういうことでしょう。
でも、僕のようなせっかち者には、夢のような道具です。だって圧力鍋がなければ、大好きな牛すじだって、わざわざ買ってきて自分で煮込むことなんてしないですもん。おそらく、便利か面倒かの境目は、自分の道具として使い慣れているかどうか。だって、借り物の圧力鍋で何かを作れと言われてもきっと戸惑うと思うんです。調理中に中身が見えないから、普段通りに作ってもはたして同じように出来るのかという不安がつきまとう‥‥。
だから僕は、自分の使い慣れたラゴスティーナをこれからも大事に使いたいんです。薄汚れていて、デザインも今では古臭いのかもしれないですけどね。安心感があるんです。ちなみに行程の写真に写っている鍋がヤツです。
レシピの牛すじと水の量は、あくまで僕が自分の圧力鍋で作るときの比率です。ちなみに比率は下処理していない牛すじ1に対して水が2に酒が0.4。ただ、圧力鍋のメーカーや使う牛すじによっても違いがあると思いますので、あくまでレシピにおいては牛すじを煮る加熱時間を主に参考にしてください。慣れていない方は、水は少し多めに。あと、旨味がぜんぜんちがうので、牛すじはできれば国産のものがおすすめです。
合わせたお酒はどっしりと旨味が強くて、いかにも山廃といった味わいのある菊姫の山廃純米です。山廃といえば菊姫という人もいるくらいのド定番。ちなみに僕は山廃の日本酒がとくに好きなのですが、きっかけはこの菊姫です。いわゆる端麗辛口のすっきりしたタイプよりも、しっかりと味のあるこの菊姫のようなお酒を、常温か少し温めて合わせると、牛すじのようなコクのあるお肉にも負けずに相性がいいと思います。
用意するもの 牛すじ250グラム 白ネギ(白髪ねぎ)1/3本 A(ネギの青い部分 生姜1片 水500ml 酒100ml) 塩コショウ適量 辣油適量 水(下茹で用)適量 サラダ油大さじ1
① 牛すじを下茹でしてアクを取り除く。そのご水洗いし一口大に切り分ける。
牛すじとたっぷりの水を入れた鍋を火にかけ沸騰した後に1分ほど加熱します。そのときアクがでるので、それをすべて取りきります。取り出したら水でよく表面を洗い、その後一口大に切り分けます。
② ①とAを圧力鍋に入れ火にかけ、圧力がかかったら弱火にして20分煮る。
弱火で20分煮たら、火を止めて弁がさがるまで放置します。
③ キャベツと牛すじを炒め合わせ、最後に塩コショウで整えます。
熱したフライパンにサラダ油を入れ、一口大に乱切りしたキャベツと②から取り出した牛すじとお玉に一杯分のスープを加えて炒め合わせます。キャベツに火が通ってきたところで、塩コショウで味を整えたら完成です。今回は辣油で和えた白髪ねぎを最後にのせました。