ラムチョップのマデラ酒ソース/色彩遊戯
あれは、ちょうど一昨年の
クリスマスの話。
はじめて訪れた愛媛の松山で、
なんとはなしに立ち寄った
ワインバーでのことである。
そのまんま、すぐにでも
公認のサンタクロースになれるくらい
顔の下半分には立派な白髭。
ハチミツをなめるクマみたいに
背中をまん丸にして
カウンターに覆いかぶさって
メドックの赤が入ったワイングラスを
かかえこむようにして持つ年老いた大男。
白地に赤と青のラインが入った
バスクシャツに黒のマリンハット
といういでたち。もうそこからして、
フランス贔屓が滲み出ちゃっているのだが、
そんな彼が言ったのが冒頭の台詞だった。
ちなみに、そのとき僕たちがしていたのは、
ワインの話ではない。色彩の話である。
おもには僕が聞き役だったわけだが、
話が途切れた時にバスクシャツが
よく似合っていると褒めると
それが恥ずかしかったのか、顔を赤らめて、
「いつもは滋味目の服が多いんだけど」
という苦し紛れのエクスキューズ。
ふいと口をついて出た台詞が
それだったんじゃないかと思う。
それにしたって、今思えば
話題が豊富な老人だった。しかもすべてが、
彼の周りで起きたノンフィクション。
だから物語がどれも新鮮。真偽はともかく、
独自の大胆な解釈も興味を惹いた。
上質な絵本を読んでいるときような、
ピュアなワクワク感。
人生の大先輩がやりがちな、
凝り固まった観念を振りかざすような
厭味が一切なかった。
結局、その日はお店の閉店時間まで
いろんな話で盛り上がったけど、
今振り返れば、この上ない
松山の旅のお土産として心に刻まれている。
予期せず遭遇したトリコロールの
サンタクロースのクリスマスプレゼント。
さて、でもなぜ今になって、
この話を持ち出したかというと、先日、
日課となっている朝のウォーキングで
メタセコイアの並木道を通り過ぎるときに、
あの台詞がフラッシュバックしたのだ。
風の強い朝だった。そのため、
落葉しきれずにいたメタセコイアの枯葉が、
最後のチャンスとばかりに風に舞い、
美しいガーネットの並木道を作り出していた。
そんな些細な疑問が、再び僕を
あの松山の夜へと誘ったのである。
そういえば、あのとき老人が飲んでいた
メドックは、ボルドー地方のワインだけど、
ボルドーも赤の色彩の表す単語じゃないか。
ほかにもマゼンダとかルージュとか、
僕はフランス語なんて、
まるっきりしらないのに、
なぜか「赤まわり」の単語に限って、
聞き馴染みのあるものが多いのは
どうしてだろう?
あのときは話半分で聞いていたけど、
「赤と言えばフランスですよ」って、
バカバカしくも滋味深い
仮説かもしれないな。
並木道を闊歩しながら、
しばらくそんなことを考えていたら、
必然的に同類の仮説が頭をもたげた。
「青と言えば日本ですよ」
だって群青とか藍とか、日本の青って、
ことのほか細かい識別がありますもの。
並木道をぬけると、ウォーキングコースは
高台の広場にでる。眼下には青白磁に霞む
僕の住む街。その奥には紺碧の駿河湾。
少し東寄りに目をやると、
天色の富士の高嶺が
聳えている(年始は雪がなかった)。
青色の景色を眺めながら歩みを進める。
頭の中ではなんとはなしに、
赤と青をテーマに連想ゲームがはじまった。
赤、赤ワイン、赤身肉、マデラ酒のソース。
青、青絵の皿、十草模様。そういえば、
あのとき松山で買ったお皿はどうしたっけ?
青色の十草模様の砥部焼の皿。
結局、ゴールするころには、こんな風に
連想が晩酌に飛んでしまったのはご愛敬。
でも、ウォーキングもちょっとした遊び心で
小旅行ぐらいには置き換えられはしないか?
ゴール後にそう思ったら、不思議なくらい
気持ちが落ち着いた。自粛期間とはいえ
ダラダラしていてはダメ。
旅に出ないと僕の記憶や直感は
どんどん鈍ってしまうのである。
いい大人がそんなの子どもっぽい?
さては、さすらいの名探偵
エルキュール・ポワロの言葉を知らないな。
直感とはすばらしいものだ。(中略)
理屈で説明できないが、
かといって無視することもできない。(*)
砥部焼の十草の皿に盛り付けた
ラムチョップをマデラ酒のソースで。
それをアテにメドックの赤を嗜んだ、
ある新春の一日の備忘録。 【H・H】
(*)
直感とはすばらしいものだ。(中略)
理屈で説明できないが、
かといって無視することもできない。引用元:『スタイルズ荘の怪事件』 著:アガサ・クリスティー 訳:矢沢聖子 2003年 早川書房 P224
『 R E C I P E 』
昨年末からウォーキングをはじめました。我が家を発着点に、小高い丘を越える5キロ弱のコース。途中、美しいメタセコイアの並木道が1キロほど続きます。元々は健康増進のために始めましたが、歩きながら考えるのは毎夜の晩酌のことばかり。これでは、健康増進に役立っているかはわかりませんが、毎朝早起きして歩いていると、身体はともかく脳が喜んでいるのが実感できます。というのも、ウォーキング中は、ふと忘れていたことを思い出したり、楽しい記憶が鮮明によみがえったりすることが多々あるのです(この日も松山で買ったものの一度も使わずに忘れ去られていた十草柄の砥部焼の皿のことを思い出しました)。そんなことが楽しくて、とりあえず三日坊主は免れることができました。
さて、料理についてです。マデラソースと言えば、言わずもがなフランス料理の代表的なソースですが、家庭で本格的なものを作るのは大変です。ことわっておきますが、今回のソースはマデラ”酒”ソースです(笑)。なんか詐欺師みたいになっちゃってますが、いわばマデラソースを極めて簡素化したソース。マデラ酒さえ手に入れればとんでもなく簡単に作れるのですが、深みがある味わいは本家に引けをとりません。これさえあれば、あとは好みの肉(特に赤身肉が◎)を焼いてソースをかけるだけで、最上級の赤ワインのアテになること請け合いです。今回は、大好きなラムチョップを焼いてマデラ酒ソースをかけました。ちなみに、マデラ酒は、少し大きめの酒屋に行けば手に入る可能性が高いと思います。値段も安いものなら1500円程度で売っています。
合わせたワインは、シャトー・ラルジャンテール(メドック)の一本です。ベリーのスパイシーな味わいに樽の香りものっていてマデラソースをかけた肉料理との相性は申し分ありません。何より、「この味わいでこの値段?」というお得感が嬉しい一本です。
用意するもの ラムチョップ2本 塩コショウ各小さじ1(ラムチョップの下味用) オリーブ油大さじ1 A(マデラ酒250ml 赤ワイン50ml バルサミコ酢大さじ1 コンソメキューブ(ビーフ)1個) バター15グラム 塩少々
① Aを全て鍋に入れて中火で全量が2割ぐらいになるまで煮詰める
最初、沸騰したときに鍋から火が出ることがありますが、アルコール分がとぶと自然に消えます。不安でしたら、火が出そうになったらコンロの火を消すなどして、ゆっくり煮詰めても大丈夫です。とろみが出てくるまで(総量が最初の2割くらい)煮詰めます。
② ①が煮詰まりとろみが出てきたらバターを投入。バターが溶けきったら火を止める
煮詰まってきたらバターを投入して鍋をふって万遍なく混ざり合うように溶かします。火を止めたら味を見て、塩味が足りなければ、塩で調整しましょう。
③ 下味をつけたラムチョップを好みの焼き加減で焼く。盛り付けたら②を適量かけて完成
ラムチョップの両面には、あらかじめ小さじ1の塩コショウで下味をつけておきます。フライパンに大さじ1のオリーブ油を入れたら強火にかけ、好みの焼き加減でラムチョップを焼き上げます。焼きあがったラムチョップをお皿に盛り付け、お好みの量の②をかけたら完成です。ちなみに今回の付け合わせは「プチトマト」と「ロマネスコのポテトサラダ」です(ロマネスコのポテトサラダのレシピをお知りになりたい方は、お気軽にメールでお問い合わせください)。