厚揚げの山椒味噌焼き/食べたいものが食べたい
晩御飯も、人によっては晩酌も
日常のことだから、全部が全部、
全力投球で向き合っていたら疲れてしまう。
でも全部が全部、おざなりにしたら
それはそれで心が乾いてしまう。
だから普段は、外食は赤ちょうちん。
自炊はできるだけ低価格な食材を使った
節約料理をツマミに安酒を嗜めば充分だけど、
半年に一度くらいは、
本当に食べたいものを食べたい。
といっても、ここでいう本当に食べたいものは、
寿司とかステーキとか、日常の延長線上にある
漠然としたご馳走とは少し違う。
もちろん外食でもよいし、
特別な食材をお取り寄せした上での
自炊でもよいが、ターゲットが厳選されていて
明確に選定の理由付けがあったほうが、
熱量が感じられてリアリティーが
あると思うからである。
だから、本当に食べたいものは
妥協をしてはならない。
必然的に「ではさっそく今日にでも」
とはいかない、非日常の扉を開けた先に
あるものがリストアップされることになる。
夏に向けて本当に食べたいと
思うのは、四万十川のウナギの白焼きだ。
大リーグのレッドソックスの本拠地で
ビール片手に野球観戦をしながら食べる
ニューイングランドスタイルの
ホットドックも捨てがたい。
(こちらは今年の実現は不可能であるが‥)
どちらも、若いころにお世話になった
文筆家の先生の旅先の食の土産話が、
強烈な美味しそうな描写で、
頭から離れずにいたものだ。
それにしても、現在45歳の僕が、
半年に1つ、本当に食べたいものを
食べていくとして、元気に動き回れそうな
年齢を70歳と設定すると、
リストアップできる数は現時点で最大で50。
その枠は半年ごとに1つずつ減っていく。
そう考えると、僕が本当に食べたいものを
食べれるチャンスは、実に限られているのだ。
もちろん、歳を重ねていくうちに
体調や好みも変わってくるから、
リストから脱落するものもあれば、
新たにリストに加わるものもある。
今後生まれる料理に惹かれることもあるだろう。
それだけに、限りある本当に食べたいものを
リストアップすることは一筋縄にはいかない、
バカバカしくも永遠に飽きることのない、
大人の妄想のキラーテーマかもしれない。
食べたい」プロジェクト。
着想は、バブル期の西武百貨店の
広告からきている。
「ほしいものが、ほしいわ。」
そんな鮮烈なコピーが目を引く広告は、
尊敬する浅羽克己さんの手がけたもの。
この時代、彼が手掛けた多くの広告は、
単なる言葉遊びというだけではない、
頓智がきいたフレーズに
世相が反映されていて、
今みてもワクワクするものばかりだ。
ちなみにくだんの広告は、
鮮烈なキャチコピーにつづいて、
このような文章がつづく。
ほしいものはいつでも、
あるんだけど、ない。
ほしいものはいつでも
ないんだけど、ある。
ほんとにほしいものがあると、
それだけでうれしい。
それだけは、ほしいとおもう。(*)
バブル期のようなオプティミズムは、
今は昔。忘却の彼方である。
ただ、何かとネガティブになりがちな現代を、
バブル期と比較して悲観することは、
あの頃を知るオジサンの悪い癖ではないか。
本当に食べたいもの多くが、 その証拠に、ひと昔前の僕の住む地域では、 これはもう、土佐の日本酒である。
たとえば、あの頃よりも格段に
旨いものが世の中に溢れている。
食材だって、交通網が発達して物流の進化が
めざましいおかげで、本気で探せば
なんでも極上のものが手に入る
家にいて味わえることができる時代。
簡単に手に入れることが難しかった
新鮮な実山椒であるが、
先日お取り寄せしてみたら、
下茹でして冷凍保存された状態で、
注文した次の日には届いた。
僕が、実山椒をお取り寄せしたのは、
四万十川の天然ウナギの白焼きを食らう日を
思い浮かべていればこそ。
ウナギの白焼きは夏になったら頃合いを見て、
注文しようと思う。今日は、それに付けて
食べてみたいと思っている
山椒味噌を試作したから、
とりあえず厚揚げに塗って焼いて
味見することにした。
そして、こんな渋いアテとしみじみ呑むなら
温めの燗がいいに決まっている。 【H・H】
『 R E C I P E 』
「最後の清流などと言われていますけど、所詮は少し大きな川といった感じでしょ」。
3年前、はじめて高知に足を踏み入れるまで、僕はおこがましくもそんな風に四万十川のことを軽んじていました。しかし、実際に行って見てみたら、もう全面降伏ですよ。川の色。おだやかな流れ。周囲の景色。なるほど、これが最後の清流かと。小学生の夏休みのときに川遊びをした風景のデフォルメされたジオラマが、そのまま目の前にある感じ。もう、とにかく佇まいが普段見慣れている川とは全然違うんです。こんな美しい川で育った天然ウナギが美味しくないわけがない。お世話になっている文筆家の先生が絶賛していたのもうなずけるのです。
四万十川の天然ウナギは、ふっくらと肉厚な身の柔らかさを堪能するというよりも、歯ごたえのある魚らしい食感を味わうのが◎。だから「蒲焼もいいけど白焼きを薬味で味わうのがいいよ」とはくだんの先生のアドバイス。その言葉を携えての高知旅行でしたが、タイミング悪くそのときは天然うなぎにありつくことができませんでした。それもあって、四万十川の天然ウナギは、僕にとって積年の憧れとなっているのです。
四万十川の天然うなぎを思い浮かべて、まずは実山椒をお取り寄せしました。以前のブログでも言いましたが、今年は山椒の塩漬けも仕込みたかったですしね。便利なもので、最近あらかじめ下茹でして冷凍保存された実山椒をクール便で送ってくれる生産者もいます。だから、山椒味噌も山椒をすり鉢ですりおろして調味料を加えて混ぜ合わせるだけ。厚揚げに塗って焼けば、日本酒のぴったりの立派なアテになります。どこか、旅館でいただく八寸の中の一品のような上品な味わい。2個で150円の厚揚げも、山椒の力で非日常に引っ張り上げることができるのです。
日本酒は、高知の美丈夫特別純米酒。フルーティーな香りと辛口ながらやわらかな甘みのあるお酒でぬる燗も◎。蔵元自ら食中純米酒を標榜しているとおっしゃっているだけあって、お食事をしながらでも飲み飽きません。爽やかな山椒の風味ともケンカをすることなく相性もよかったです。
用意するもの 厚揚げ2個 九条ネギ適量 白ごま適量 A(味噌大さじ1 きなこ大さじ1 煮切りみりん大さじ1 醤油小さじ1) 実山椒(小枝を除き、茹でてあく抜きしたもの)5グラム
① 水洗いをした実山椒をすり鉢で丁寧にすりつぶす
水を張ったボウルに実山椒を2~3分浸して洗いましょう。その後、ざるに上げ水分をよくふき取ってから、すり鉢でなるべく細かくなるまですりつぶします。
② ①にAを投入して全体が均一になるように混ぜ合わせる
みりんは煮切ったものを投入してください。みりんの代わりに砂糖を大さじ1でも大丈夫です。混ざったら味見をして好みの塩味でなければ、味噌か醤油で微調整をしてください。
③ トースターで表面が少し焦げるぐらいまで焼き、最後にネギとゴマを散らしたら完成です
トースターは両面焼きのモードで使用してください。焼きあがったら一口大に切り分けて器に盛り付け、上から九条ネギとゴマを散らします。
(*)
ほしいものはいつでも、
あるんだけど、ない。
ほしいものはいつでも
ないんだけど、ある。
ほんとにほしいものがあると、
それだけでうれしい。
それだけは、ほしいとおもう。
引用元:『浅羽克己 世界のグラフィックデザイン18』 1995年 ギンザ・グラフィック・ギャラリー P29