豚肩ロースの黒ビール煮/風の靴を履くアイリッシュ
自分から興味を持ったわけではないのに
はからずも好きになっている場所が
少なからずあって、
アイルランドがそのひとつである。
きっかけは風来坊だった20代。
暇を見つけては旅をしていたが、
なぜか行く先々でアイルランド人の旅行者と
遭遇することが多かった。
人口が少ない国なのに。アイリッシュとは、
風の靴を履く民族のことか……。
そんな実体験から、アイルランド人に対して
ある種の神秘を感じはじめたわけであるが、
その縁が深化できたのは、
出会ったアイリッシュが
みな陽気で酒好きだったことが
大きいかもしれない。
なかでも僕とアイルランドを
強烈に結びつけてくれたのは、
ショーンという僕と同じ歳の男だった。
マスティフ犬のようないかつい顔に、
いつも黒のハットをかぶっている。
そのいでたちはイタリアンマフィアのよう。
ショーンとは本や音楽の趣味が そんな感じで、それまでは 「やっぱりギネスは
懐に入り込むのが抜群にうまかった。
旅先で出会って、すぐに意気投合すると、
僕が帰国するのに合わせて
日本に来てしまうほどで
僕の上を行く筋金入りの風来坊だ。
びっくりするほど近かった。
だから彼が日本滞在中は、
毎日のように六本木に繰り出しては、
夜半まで酒を酌み交わしたが、
話のネタはつきなかった。
それにしても「ガリバー旅行記」や
「ピグマリオン」など
僕にとってもバイブル級の作品が、
アイルランドの作家によるものと
聞かされたときには、
カミナリを受けたような衝撃だったな。
気にもとめていなかった
遠くて遠い西欧の島国に、
第二の故郷を見つけたような
思いを抱いていったのである。
本場で飲む方がおいしいの?」
じゃあいったい、アイルランドの何 目を見張るような建築物があるわけでもないし、
芋洗坂から一本入った路地裏のパブは、
まだ5時過ぎだというのに賑わっていた。
僕は、ストレートに
「今度、アイルランドを案内して」
というのが照れくさくて言葉を濁した。
すると、スクリーンのサッカーを
見ていたショーンが振り返り、
まっすぐ心を覗き込むように僕を見た。
「来月なら1週間くらい休みがとれそうだ」
容疑者が観念するような気持ちでそう告げると、
ショーンはまるでマフィアが短銃を抜くように
おもむろに携帯をとりだして、
たちまちチケットを押さえてくれた。
が楽しかったって?
自然のスケールだって大陸のそれには及ばない。
ただ、同じ島国だけあって日本のように
人々がルーツを大切にしている。
そんなところにシンパシーを
感じるのかもしれない。
そうそう、アイルランドにも
茅葺き屋根の家があって、
日本のそれとはまた違うキュートな趣がある。
それを見に行くだけでも、
アイルランドに行く価値があるというもの。
「これからどうするの?」 ダブリン空港でたずねるショーンに対して 「しばらくは日本で真面目に働こうかな」 あれから20年くらい経つが、
毎晩飲み明かす日々だった。
忘れられないのは、
首都のダブリンから車で2時間くらいの
ウォーターフォードという
クリスタルが有名な街に行ったときのこと。
街を横切るように流れる川添いのパブで
豚肉の黒ビール煮を食べたが、
これが抜群にうまかった。
その日は、最後の夜ということもあって、
黒ビール煮を二度もおかわり。
アイリッシュブランドの酒のちゃんぽんで
いつになく飲みすぎて、記憶もぶっ飛んだ。
自分がどんな心境でそう答えたのか
今でもわからない。
たまに懐かしくなると、
豚肉の黒ビール煮を再現してみる。
でも思い出の味は、まだ随分先のほうにある。
【H・H】
『 R E C I P E 』
肉の煮込みというと、塊肉を柔らかくなるまで煮込むイメージで面倒に感じてしまいそうですが、焼き肉用の肩ロース肉を使えば手軽でそこまで煮込まずにそれっぽい感じに作れます。なにしろ薄切り肉であれば、肉の硬さをそんなに気にする必要はありません。このように”横着でそれなり”というのが晩酌のアテとして、正しいあり方ではないかと僕は思うのです。
ポイントといえば、玉葱とセロリをよく炒めて甘さを引き出すことでしょうか。黒ビールのほろ苦さと野菜の甘味がクセになります。今回は赤ワインと合わせたかったので、黒ビールとワインを半量入れて煮込みましたが、ワインを入れずに煮込むのもアリだと思います。
合わせた赤ワインは、ボルドーワインの中でも好みのオーメドック地方の『シャトーボーモン 2015』。価格は2000円を少し越えるくらい。普段の自分にとっては少々高めな部類の価格帯ですが、いわゆる「この価格でこの味わい!」という世間一般でいうお値打ワインじゃないかと……。カベルネとメルローのバランスがいかにもオーメドックらしい。豊潤な味わいが濃厚なお肉の煮込み料理との相性にもピッタリです。
引きこもり生活を維持するには、いつもより少し贅沢をして気分転換することも必要ですね。
用意するもの 豚肩ロース焼肉用250グラム 玉葱1/2個 セロリ1/2本 にんにく1片 A(黒ビール150ml 赤ワイン150ml コンソメキューブ1個 ウスターソース大さじ1) バター20グラム 塩コショウ適量
① 玉葱とセロリを粗みじん切りにして、あめ色になるまで炒めます
熱したフライパンにバターを10グラム入れたら弱火でじっくり炒めましょう。あめ色になるまで炒めたら、いったんボールに取り出しましょう。
② 肉を両面が焼き色が付くまで焼いたら①を投入して、さらにAを加えます
熱したフライパンにバターとにんにくのみじん切りを入れます。香りがたったらあらかじめ塩コショウをしておいた肉を両面に焼き色が付くまで焼き、その後①とAを加えます。
③ しばらく煮込んで水分が鍋底をほんのり覆う程度まで無くなったら完成です
水分の程度は写真の③を参考にしてください。完成前に味見をして塩味が足りなかったら塩で味を調えてください。