アジの中華蒸し/酒飲みのお手本
酔うことが目的の晩酌は、荒廃の種である。
少しずつ心が乾いていくのがわかる。
なにより体にも悪い。
だから、たかが晩酌といっても、
それが日々の習慣であれば
何か工夫をしなければいけない。
そこで僕は、ひとつの手段として、
毎夜の晩酌に、
酒一銘柄とアテ一品だけという
しばりを設けることにした。
そうすることで、おのずと
日々の晩酌に淡いテーマが
浮かび上がってくると思ったからだ。
テーマがひとつあることで、
酔うことが目的の晩酌を回避できる。
そんな自分の晩酌の作法において、
大きな影響を受けたのは
魚柄仁之助さんである。
名前がウ・オ・ツ・カですから、
お酒を愛し、お酒に愛されている
御人であることは一目瞭然なのである。
食生活研究科でエッセイスト。
ブルースギタリストで、古道具屋の経営者。
そのほかにも、ペーパーナイフ作家の顔も
持っているという、酒呑みのマエストロ。
丁寧だけど、極めてシンプルに。 先日も、久々に魚柄さんの
つかみどころのないところが、
魚柄さんの魅力のような気もするが、
酒の肴にフォーカスすると、こだわりが明確に
浮かび上がってくるから面白い。
美味しいけど、できるだけ安価に。
そんな、多くの呑兵衛が抱いている願望に
魚柄さんの作る酒の肴は、誠実である。
だから、心豊かな晩酌ライフの
お手本になるのだ。
「今夜の魚 呑む銘酒」を読み返したが、
「アジの香味焼き」のページを見て
思わず笑みがこぼれた。
それは、アジを丸々一匹、内臓も取らずに、
中華鍋に放り込んで
調味料で煮るだけの一品。
勢いのよい切れ込みが、
アジの胴に平行に6本も入っている。
その、ビジュアルは飾ってないのに力強い。
もう一周まわってインスタ映えなのである。
そしてたたみかけるように、
料理紹介における
博多弁訛りの魚柄さんの口上が、
僕のようなマンネリ酒呑みを
晩酌のニューワールドへ
いざなってくれる。
そんなこと言われたら、 でも、いざアジを買ってきて、 シンプルは度胸がいる。 そんなことをつぶやくでもなく 【H・H】
切れ目を入れるだけじゃから、
カッターでもできちゃうど。(*)
買わずにいられないでしょ。
新鮮なアジを。そろそろ旬の頃だしね。
魚柄さんをお手本に、
シンプルな一品を作ろうとするんだけど
僕の場合、つい余分なひと手間を
加えてしまうんだよな。
だからなんか難しい。
それができないのも、酒飲みとして
まだ習熟していない証拠なのかしらん。
ひとりごちながら、
アジの中華蒸しをひと口。
ぬるめの紹興酒で
乾いた喉と心を潤す。
(*)
今すぐやっちゃろ、アジ買うて。切れ目を入れるだけじゃから、カッターでもできちゃうど。
引用元:『今夜の魚 呑む銘酒』 魚柄仁之助 2000年 毎日新聞社 P40
『 R E C I P E 』
中国の紹興市の川沿いの雑多な風情の露天で白身の川魚(なんの魚かわかりません)を蒸した料理と、温かい紹興酒を吞んだことがあります。見た目はグロテスクで最初は躊躇しましたが、味はなかなかの美味でした。また、猛烈な寒さで、あらかじめ砂糖がたっぷり入っている温かくて甘すぎる紹興酒が骨身にしみたことを思い出します。
あの甘い紹興酒は、猛烈な寒さがあってはじめて成立するもので、再現したいとは思わないんですけど、白身魚の中華蒸しは時々思い出すと食べたくなります。とはいえ同じ川魚は用意できません。メバル、鯛などいろいろ試しましたが、晩酌のアテとしてちょっと高級すぎちゃうんです(もちろん味は美味しいんですけどね)。そこで、試しにアジでやってみると、見た目の感じとかがあの中国で食べたものに何となく似てきて、僕はなんとはなしにノスタルジーを感じてよく作るようになりました。なにより、旬の今なら1匹200円以下で買えるのもいいですね。
アジは鮮魚店であらかじめ内臓とぜいごを取り除いてもらっておきましょう。そうすれば、魚の扱いが苦手なかたでも、ほぼレンジで調理できるので、簡単で失敗もありません。
紹興酒は砂糖も何も入れずにレンジで60度ほどに温めれば、アジの中華蒸しとの相性がグッとよくなります。
用意するもの 鯵(2尾 内臓とぜいごを取り除いたもの)280グラム ねぎ1/3本 しょうが1かけ A(紹興酒大さじ2 しょう油大さじ1 中華だし小さじ1) ごま油大さじ1と半分
① ねぎとしょうがを切って、それぞれ白髪ねぎと針しょうがをつくる
白髪ねぎは1本3~4センチほどの長さにそろえましょう
② アジを皿にのせ、針しょうがとあらかじめ混ぜ合わせたAを振りかける
皿にのせる前に、あらかじめアジの胴には×印に切れ込みを入れましょう。Aは身に満遍なくかかるように振りかけます。
③ ②をレンジにかけ、白髪ねぎをのせたら熱したごま油をまわしかけて完成
今回は②をラップにかけた後に、600ワットのレンジで6分かけました(アジの大きさによって調整してください)。最後にかけるごま油は、フライパンで煙が出るくらいまで熱してから全体にまわしかけましょう。